さらし者になったぞ

ユニバーサル・デザイン周辺の点描〜その二

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物理的な障壁を少なくする環境づくりは、ここ数年急速かつ広範囲に進行しつつあります。ただ、それらの設計者が健常であるが故の想像力の限界に設計内容が支配される例があるように 感じます。ユニバーサル・デザイン(以下U.D.と記す)やバリア・フリー(以下B.F.と記す)に関する技術が発展途上にある現状では、これもやむを得ないでしょう。そのような事例に、 設計の発想や能書きの優れた部分に焦点を当てて礼賛したり、部分的な支障をことあげて包括的に否定したりする取り上げ方を目にします。いずれも一面的な評価であり、設計者や 管理運営者に誤ったメッセージを伝える恐れがあります。それではその施設環境の改善はもとより、後に続く同様の施設設計に対しても技術的蓄積とならないでしょう。本文では筆者が 実際に経験した事例について紹介しますが、たとえある部分について否定的に表現しても、当該施設を全否定する意図はありません。

数年前に新設された市内の音楽ホールに、高水準のBF対策が成されたと聞きました。そこで、どのような意図のもと、どのような具体策が施されたかに興味を持ちました。そんな折り、 友人から同ホールで催されるコンサートへの誘いを受けました。チケットは車いすで鑑賞できる席と連番で購入するように依頼し、ホールで待ち合わせました。筆者は初めての場所を訪れる際、 可能な限り事前に動線の確認をします。時節が積雪期でしたので、障害者用の駐車スペースの有無と、ホールまでの動線について電話確認しました。その際に何度かコミュニケーションの壁に ぶち当たりました。先ず、友人とホールで待ち合わせ、コンサートを楽しむという単純な内容が伝わりません。担当の方は丁寧なのですが、こちらが「友人」というたびに「介助者」と 言い換えます。そして、車いす使用者である筆者が単独で、会場入りすると伝えるのに時間を要しました。最終的にホールの地下駐車場に障害者専用スペースがあり、そこを使えることに なりました。ついでに、友人と隣同士の席が取れるか確認したところ、今度はこちらが理解不能に陥りました。何度聞いても隣り合わせの席の有無に答えず、「『介助者』の方のお席が 必要であれば会場係員にお申し出ください」という趣旨を繰り返すばかりでした。ともあれ、事前に依頼すべき動線の確保ができたので、何とかるだろうとその日は切り上げました。

公演当日はスムーズに会場まで到達できました。敷地入り口のガードマンには必要事項が伝えられており、地下駐車場への案内も適切に頂けました。初めての訪問場所であったにも 関わらず、不安なくハンドルを握られたことは幸いでした。さて、友人とは約束どおり会場のロビーで落ち合うことができ、時間的余裕がありましたので、座席の確認を行おうと会場係員に 案内を請いました。係の方はチケットを見るなり車いすの後ろに廻り、ホールに向けて車いすを押し始めました。その対応に驚き、困惑しましたが、せっかくの心遣いなので、なすがままに 従いました。指定の場所は容易に分かる場所でしたが、着いたとたん思わず動揺を覚えました。

ホールの形態は座席が斜面に階段状に並び、観客が舞台を見下ろす、ごく一般的なものです。また、利用者は玄関ロビーから専用席のある一階席中段の通路まで、スロープ等特別の手段を 使うことなく移動できる設計でした。ここに設計者のB.F.的意図が認められ、作り出された環境は十分な成功を収めています。そして、車いす用スペースは通路と同一平面上に、しきりや 段差なしで舞台側に張り出す構造でした。それは数台の車いすを収容できる広さです。従って単独行動できる車いす使用者であれば、独力でできる構造であり、その点でも設計意図は十分な 成功を収めていました。ただし、車いすを乗り付ける特別席に隣接する一般席は階段状に下がります。そこで、一般席の友人と車いすの筆者とが隣り合わせで掛けるなどできない相談でした。 ここに至り電話の意味が飲み込めました。『介助者』には車いす専用スペースに、特別のいすを用意してくれるのです。せっかくの会場側の計らいなので、いすを注文してどのような設えに なるか確認しようと同行の友人に持ちかけました。しかし、友人は空いている席にいるからと去り、一人取り残されました。

一般席は斜面に階段状に据えられる一方、車いす専用スペースは舞台側に張り出しているので、席から舞台を見るのに遮るものがありません。たとえ前方の観客が総立ちになっても、舞台への 視線が維持できます。ここに設計者のBF的な意図が認められ、作り出された環境はそれを満足します。ところが、席に案内されるやいなや感じた動揺は、その場所の居心地の悪さにありました。 車いす用スペースは隣接する一般席と比べて相対的に高い位置に張り出しているため、車いす使用者は通路より後方席から見ると斜面の中段にせり出した台上に居り、また前方席から 振り返るとお立ち台上に鎮座する状態となります。車いすで外出するだけで視線を浴びることが必至な現状ですから、このような台上にひとり残されると、他人の視線が背中に胸に 突き刺さるのを感じます。もちろん、知己でない障害者に注意を向け続ける人など居ないことは分かるのですが、それでもなお痛みを禁じ得ません。車いす生活を始めた頃であれば、 理由を見つけて退席したでしょう。しかし、障害者生活も長くなり精神的たくましさが身に付いたせいか、この時は居直ることができました。そのような気持ちを和らげたのは休憩時間に 別の友人がくれた「さらし者なっていましたね」という一言でした。中途半端に優しい言葉よりも胸に響き、筆者が感じていた怒りと痛みとを分かち合えたように感じ、救われる思いでした。

このような施設における車いす使用者用スペースに関し、米国において一つの標準が示されております。「障害を持つアメリカ人法」により制定を義務付けられ、1996年に公表された アクセシビリティ指針1)がそれです。同指針4.33.3は、@車いすで付けられる場所を客席の全体配置に統合すること、A席の場所や料金が一般の人と同様に選択できること、B車いす席の隣に 友人、同伴者用の固定席を一つ以上設けること等を規定しております。勿論、すべての施設でそのまま適用する規定ではありませんが、どのようなサービスを如何に提供すべきかの考え方が 明確です。この音楽ホールは物理的な障壁の除去に一定の成功を収めましたが、その一方で精神的な障壁を新たに生み出したように感じます。人により感じ方は異なると思いますが、 友人二人が「さらし者」になった筆者の痛みを共有したことを考えると、決して無視できないように感じます。

この1年余りにわたり、U.D.に関して縷々述べており2)繰り返しになりますが、本例のようにU.D.的な取り組みが望まれるケースでは、「環境の統合」と「価値の綜合」が重要であると 改めて感じます。そして、設計者の皆様にはその先にある最終目標である「統合社会」の実現を見据えた環境設計を目指されますことを切に期待するものです。

参考資料
1) Accesibirity Guidelines for Buildings and Facilities:http://www.access-board.gov/ada-aba/commrept.htm
2) ユニバーサル・デザインの原則:Ed.Steinfeld、石田享平訳、北海道開発土木研究所月報、4月号、pp12-17

北海道開発土木研究所月報2001年6月掲載
2005年6月一部加筆修正
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