かたちの向こう側


某自動車会社のテレビCMでユニバーサル=コンセプトなるコピーと共に、乗用車への乗降に焦点を当てた映像が何種類か流されている。 シリーズの最初は俳優竹中直人氏の顔を合成した幼稚園児が乗用車の後部座席に乗り降りする場面が映し出され、最近のバージョンでは老人に扮した同氏が使われている。 同CMはほんの十数秒間の映像とわずかばかりの説明のみにもかかわらず、 ユニバーサル=デザイン(以下U.D.と記す) という新たな設計概念の実像を骨太に表現することに成功したことに驚きを感じる。 筆者の受け取り方が当を得たものであるならば、次回作では同氏のイメージを重ねた大女か外国人かが登場するのではないかと想像する。 一方、U.D.に関して予備知識のない方々がかのCMの表現内容に触れ、ロン=メイス氏らの提案になる設計概念1)の一端を伺い知ることは不可能であろうことも事実である。 ここ数年、活字や映像を通じてU.D.の紹介に接する機会を持ったが、そのほとんどは分かりやすく説明しようとしつつも多くは失敗に終わっており、 基本概念を矮小化してしまっている例まであるように感じる。その原因としてはU.D.の7原則が抽象的に表現されていること並びにこの考え方とその実現手段が未だ進化途上にあり、 外面的には応用範囲を広げつつ内面的にはその思想性を深化させ続けていることに由来するように考える。 従って、筆者自身の理解の妥当性に関しては一定の留保をせずにはおられず、これ以降におけるU.D.に関する記述は筆者の現段階における認識に基づくものである。

U.D.の定義1)2)やその背景3)等に関しては別の機会に詳しく触れるとして、ここではバリア=フリー(以下B.F.と記す)設計との比較からU.D.登場の意味についての私見を述べる。 先に、U.D.自体にわかりにくさの原因があると述べたが、そのように考えるに至った理由の一例を挙げるならば、同概念に初めて出会った際に目にした表現にまでさかのぼる。 筆者が同表現に出会ったのは平成9年6月21日で、朝日新聞朝刊において次のように紹介されていた。

 ユニバーサルデザイン : 社会にバリア(障壁)があることを前提とした「引き算のデザイン」ではなく、初めからバリアがないようにする「足し算のデザイン」をいう。 テレホンカードの手元側にある切り込みなどがそれにあたる。

この説明からはU.D.概念の輪郭すら想像することが困難であった。その後、ロン=メイス氏らの提案の一端に触れられたと実感できるまでには、数年間の資料読解と思索とを要した。 B.F.設計との関係は発案者グループ自身が「B.F.からU.D.へ」と表現3)することからも分かるように、両者は同じルーツを持つ関係にある。 そのため、両者とも環境創出に用いる手法において共通性があるものの、それを支える思想性に関しては類似性以上の差異があるように考える。 そこで、それぞれの考え方に基づいて造られた環境は似通った「かたち」となることは当然であるとしても、その実体に関しては異なったものとならざるを得ない。 誤解を恐れずに言うならば、U.D.は設計思想でありどの様な環境を提供するのかという基本理念に基づいて設計するのに対して、 B.F.設計は単にB.F.パーツを組み合わせてマニュアル通りの環境をつくればこと足れりという違いがある ように考える。

先ずキーワードである環境という日本語の由来について調べようと考え、環境行政を所掌する某庁の広報担当部所にこれを尋ねたのであるが、 具体例を挙げてB.F.設計の限界性について考えさせられた事例から説明を始める。 一昨年の2月に札幌市内のある公共施設を訪問する必要が生じた際、案内者である友人に車椅子で施設内に入られるかについて確認したところ、即座に大丈夫との返事を頂戴した。 友人によると同施設を会場として行われた公開市民講座を受講したところ、当該施設がB.F.施設として設計された旨の講義を聴いているので、 車椅子での出入りに支障があるとは考えられない由であった。また、同施設の設計者は高名な建築家であり、 かつ講演者はその設計者の弟子に当たる建築家である由にて大船に乗った気分でいたところ、直前になり会見場所の変更が申し入れられた。 その理由は冬季は車椅子にてのアクセスが困難であることが判明したとのことであった。会見については段差箇所を担ぎ上げてもらい支障無く行うことはできたのであるが、 後学のために何事が起こったのかについて確認させてもらった。 当該施設の正面玄関には建物の権威を高めるような幅員を広くとりかつ踏み面も広い階段が配置されており、その階段はきれいに除雪が行われていた。 しかし、その脇部分が堆雪場として利用されており、その部分にスロープが設備されている由で冬季における車椅子でのアクセスが困難となっていたのであった。

施設正面玄関の階段脇にはスロープが設備されており、また車椅子対応のトイレなどB.F.施設に必要なパーツは必要に応じて備えているとの観点から、 当該施設はB.F.施設として必要な要件は整えられている。 しかし、実際に施設としての機能を見ると、降雪期にはB.F.施設としての最低条件たるアクセスに関してさえ不十分な状況となっていたのである。 もちろん設計者は降雪期の除雪を当然の条件と考えていたであろうことに疑いを差し挟むものではないが、 先述の講師は同施設にて常勤しており冬季の除雪状況を目にしているにもかかわらず、B.F.施設である旨を断言できるところにB.F.設計の限界を感じるのである。 即ち、B.F.設計は施設問題であって、環境問題として捉えられていないのではないかとの疑念を持つのである。 本例はたまたま維持管理の不十分な事例であったに過ぎず、本事例をもってB.F.を論議するには当たらないという反論もあろうかと考えるが、 B.F.設計が環境づくりであるという認識が設計者、管理者または利用者の側に少しでもあったならば、かかる事態は起こり得なかったと考えるのである。 ここに改めてB.F.の定義を広辞苑(第四版)に見ると、次のように記されている。

 バリアフリー : (バリアは障壁、障害の意)障害者が社会生活を営む上で、支障がないように施設を設計すること。また、そのように設計されたもの。

先述の部分では例示施設に関していささか否定的な表現を採ったのであるが、上に示したB.F.の一般的な認識に照らして考えるならば、筆者の問題認識は全く的はずれとしか言いようがない。 何故ならば設計者は必要条件である物理的な障壁を除去のに必要な設備を整えているからである。

次いで、施設へのアクセス環境をU.D.の観点から考える。U.D.における7つの原則のうち第一原則(Principle One)である「公平な利用」 (Equitable Use)からいくつかの検討項目が導かれるであろう。先ず、利用機会の公平性に基づき誰もがアクセスできる環境を整えるとの観点からは、 施設の外部と内部との間に段差をなくする方策が必要条件として考えられる。B.F.設計におけるスロープはこの問題認識に対しては必要条件を満たす方策と考えられる。次いで、 施設利用における公平性を考えるとき、誰もが同じようにアクセスできる環境が考慮事項として考えられる。 即ち、移動困難者と健常者とができる限り同じ通路を使用できる環境を創出できないかと言う課題である。 この課題に答応える一つの方策としては、施設の玄関部分のフロアレベルを施設外部の地盤高にできる限り近づける考え方が誘導される。 そうすればいつでも誰もが 同じ経路にて施設に入られる環境を整えることが可能になるし、前例のような特別の維持管理問題おきない。 しかし、施設の利用条件や施設周辺の地形条件その他の関係からは施設内外のレベルを近づけることが困難な場所や不適切なケースもあり、 必ずしもいつでも同じ手法が通用しないのは当然のことである。従って、U.D.においては個々の事例において注文設計的な扱いが要求され、 標準設計的な扱いが最も相応しくない設計法といえるのかも知れない。

U.D.においては「公平な利用」のような抽象的な条件が掲げられているのみにて、 あとは設計対象周辺の環境や利用者に対して提供するサービス内容などにより設計者が個々の施設計画を考えることを要求する。 玄関部分の段差解消問題を取り上げても、B.F.ならばスロープという万能の回答があるのに対して、 U.D.ではスロープを採用するにしても個別のケースでどの様な利用環境を創出するかについて考えることを要求される。 何れの設計手法を用いるとしても、結果的に採用する方法はスロープ等類似する工法の組み合わせとなるが、 その組み合わせた「かたち」の向こう側にそれを使うであろう人間の姿を見据えられるか否かに両者の決定的な差異があるように考える。 ここ数回形を変えつつ述べてきたcivil engeneeringについて、ここに改めて考えるヒントをみられるように考える。

1) Principle of the Universal Design :http://www.design.ncsu.edu/cud/univ_design/princ_overview.htm, Center for Universal Design
2) Concept of the Universal Design :http://www.ap.buffalo.edu/%7Eidea/publications/free_pubs/pubs_cud.html, Center for Inclusive Design & Environment Access
3) History and Background :http://www.design.ncsu.edu:8120/cud/univ_design/udhistory.htm,Center for Universal Design

北海道開発土木研究所月報2000年8月号
「かたちの向こう側」 by石田享平 より転載