プラットフォームと鉄道車両とのギャップに関する検討


1 はじめに
UDに関する国際会議が2006年10月、京都市の国際会議場で催された。 参加のために京都市を訪れた折に多くの公共交通機関を利用したが、車イスで旅行する環境は想像以上に整いつつあることを実感した。 全行程を通じて単独での行動であったことから、先々で多くの人々の支援を受けたが、それでもなお多くの困難や想定外の事態に遭遇した。 また、利用する鉄道会社、駅やプラットフォーム(以下Pフォームと記す)、また列車により、移動環境に違いのあることに驚かされた。 その違いはときに物理的障壁として立ちはだかることがあった。利用機会による移動環境の違いは経験則を無力化し、筆者の思い込みが窮地を招くこともあった。 本文ではハード面の違いについて報告し、 筆者の思い込みが招いた勘違いや障壁については別の機会に報告する。

2 報告の概要
2.1 報告の対象
報告の対象としたJRの駅、Pフォーム及び列車は、出張の途次にたまたま利用したものであり、計画的若しくは系統的に選択したものではない。 従って、本報告で述べる内容がJR北海道とJR西日本における現在の利用環境を代表するとは限らない。 そこで、そこに特殊な条件や記憶違いなどがないか後日検証できるよう、乗車した年月日、列車、駅やPフォームを表1に整理した。
ここで乗車した調査対象はたかだか列車8本、JR駅8箇所とPフォーム14本であったが、車イスでの利用の観点から、それらの間にバラエティに富む利用環境が認められた。 その多様さは旧国鉄時代からの技術の継承や、 昨今の移動障壁の緩和策等に伴う過渡的状況等に理由があるようである。


2.2 検証項目
車イスによる鉄道の利用環境はここ十年程で急速に改善されつつある。 交通バリアフリー法やバリアフリー新法の施行は、JRが移動制約者に対応する環境を整備するのに後押しとなっているようだ。 また、バリアフリー整備ガイドライン (旅客施設編・車輌等編)が2007年7月に策定され、構成要素毎に具体の解決策が示され、技術的な裏付けとなっている。 利用環境の改善が順調に進む部分がある一方、将来とも長期間残ることが懸念される課題に、駅のPフォームと車輌との間のギャップ (段差と離れの総合)が考えられる。 個々の駅のPフォームはその駅の改札や街と車輌とを結ぶインターフェイスであるばかりでなく、鉄路で繋がる他駅のすべてのPフォームと連なるインターフェイスでもある。 また、鉄道車輌の発展は動力車や、 客車の構造等にも影響してか、Pフォームから乗り移る客車のフロアの高さも機種により異なる。 各Pフォームに日々乗り入れる車輌がすべて同じ機種とは限らず、また技術の更なる進展や社会的要求の変化に伴う車輌の改良等を考えると、 Pフォームは時代を繋ぐインターフェイスとしての役割も期待される。 筆者が一連の利用を通じて認識した事実は巨大な鉄道システムのごく一部でしかないが、それだけでもPフォームと車輌とのギャップに地域、駅、Pフォームや列車により差が大いことがわかった。 本文ではPフォームと客車とのギャップに焦点を絞って課題を検証する。

2.3 検証方法
鉄道は軌道上を鉄輪に載る台車が走行するので、Pフォームと車輌の乗降デッキとの位置関係はおおむね一定する。 両者の間に設ける建築限界は高速で走行する列車、Pフォームと乗降客の安全のため不可欠である一方、車イスでの乗降に障壁となる。 移動環境の課題を客観的に表現するには、Pフォームと車輌フロアとのギャップの実測が必須である。 しかし、交通機関の利用を重ねる中で問題意識を持つに至った経緯もあり、すべての駅であらかじめ用意した事項について実測調査した訳ではない。 更に、車イスでの単独行のため乗降時にPフォームと車輌との間にあるギャップを計測するいとまもなく、ほとんどが直感に基づく印象である。 従って、今後の設計に資するデータや、移動環境の判断への客観的な指標という観点で、それは不十分な調査である。ただ、その直感を補足する材料として状況写真を貼付した。 また、JR北海道が提供してくれたデータにより、 車輌や駅のPフォームの標準的な寸法からギャップの寸法を推測する。

3 調査結果
3.1 Pフォームと車輌との間のギャップ
Pフォームと車輌との乗り移りに係る移動環境は、両者の段差と、離れ(隙間+ステップ奥行き)により規定される。 即ち、自立的に乗降できる人々の能力範囲は、Pフォームと列車フロアとの間の段差が小さく、離れが小さい程拡大する。 ギャップの大きさは列車のタイプとPフォームの構造とによりほぼ一義的に決まる。筆者が利用した車輌とPフォームとの間のギャップを大きさ別に表2に整理した。 駅名の後の括弧内に利用機会の番号(表1No.欄参照)を記した。ただし、その寸法は筆者の感覚に基づく推測値であり、実際の値との誤差を免れない。


Pフォームと車輌との間のギャップに関し、筆者の注目した諸点は次の通りであった。
(1) Pフォームと列車との離れが鉄道会社による特徴が認められた。JR北海道の2列車、2駅、4Pフォームがいずれもステップを挟んで40cm程の大きな離れであった。 他方、JR西日本の6列車、6駅、12Pフォームのほとんどは離れが10cm前後であった。 その違いの生じる原因の一つは車輌構造の違いに明らかで、JR北海道の利用した客車はいずれもPフォームから乗降ステップを介して、客車に乗り移る構造であった(写真1)。 他方、JR西日本の列車はすべてPフォームから直接客車に乗降する構造であった(写真2)。 前者は乗降ステップの段差が大きいのみならず、離れがステップの分余計に大きく、車イスによる乗降を難しくしている。
(2) 同じ列車でも、乗降駅によりギャップの大きさが大きく異なる場合がある。即ち、駅により軌道上面から Pフォームのフロアまでの高さが必ずしも同じではない。 今回利用した列車で特徴的だったのは表1No.5の利用区間であった。福知山線の奥中山駅からの乗車時には駅員による介助を頼まず、単独で容易かつ安全、安心に乗車した(写真3)。 しかし、降車駅の大阪駅では、Pフォームとの段差が大きく、単独で降りられる限界を超えていた。 車輌のフロアの高さを乗降し難く調節するとは考えられず、軌道上面からPフォームまでの高さに駅やPフォームにより違いがあると推測される。
(3) 同じ駅でも、Pフォームによりギャップの大きさが大きく異なる場合がある。大阪駅は表1No.3、5と6の計3回利用し、表2に示すように異なる段差を経験した。 No.3の降車時には5番Pフォームに単独で降り立ち、No.5で9番Pフォームで車掌と渡し板の助けを借り、No.6には1番Pフォームで乗客一人の支援を受けたのみだった。 ギャップの違いにより乗降方法を変える必要が生じた。

3.2 ギャップの規模と車イスでの障壁の度合
表2で整理した段差グループの障壁の度合いは、筆者の運動能力を基準として自立的な使用の観点から次のように整理できる。
(1) 段差5cm程度のグループは、客車とPフォームのとの移動に際し介助や渡し板は不要で、乗降ともに前進で乗り移りを安全にできる(図1左参照)。
(2) 段差15cm程度のグループは、単独での乗降は無理だが、前輪をキャスターアップで客車フロアに置いた後、後方から押しながら持ち上げてもらう方法で乗降できる (図1右参照)。 高校生以上であれば一人の助けで安全な乗降ができる。
(3) 段差25cm程度になると安全に乗降しようとするならば、駅職員と渡し板との助けが必須になる。 10cm刻みの段差の違いが車イス使用者の自立的な乗降に影響を与え、また介助方法に対しても用具の要不要など影響が大きい。 なお、車イス使用者は人により残された運動能力に差が大きく、段差に対する対応能力が筆者と異なる人々もいる点に留意願いたい。 また、図1に車イスの前輪を客車フロアに載せた姿勢を示したが、段差が15cm程になると車イス使用者の腰の位置が車軸付近に移り、重心のわずかな移動で後方に転倒しかねない限界にある。 つまり、それはキャスターアップして自力で前輪を客車のフロアに載せられる限界である。

4 考察
4.1 JR北海道の設計基準
鉄道の車輌が軌道上を走行し鉄輪であることを考えると、段差はPフォームと列車とのフロアの高さの差により決る。 そこで、JR北海道にそれらについて照会し、基本的な寸法について情報を得た。
(1) 軌道からPフォームフロアまでの設計基準値高
JR北海道によると軌道上面からPフォームのフロアまでの高さb0は2種類ある由であった (図2参照)。また、JR東日本の首都圏は異なる基準とのことであった。それらの値は次の通りである。
   JR北海道都市圏; 920 mm
     〃  地方圏; 760 mm
   JR東日本首都圏; 1,100 mm
なお、JR北海道のPフォームの高さは旧国鉄の基準を踏襲した同社の基準である由であった。ウェブ上で調べると、 鉄道車輌には電動機を備えて走行する「電車」と動力車に牽引される「列車」とがある。 JR東日本とJR北海道とで異なる高さb0を採用する理由は、前者の首都圏で使う車輌がほとんど「電車」であるのに対し、後者は「列車」を中心に運行してきた歴史的な経緯によるものと推測する。
(2) 軌道から客車フロアまでの設計基準値高
JR北海道提供の資料によると、車輌フロアの高さは車輌タイプにより違いがあるも、主な車輌で軌道上面から1,150~1,240mmである由である(表3)。 これは大都市圏と本道とで違いがなく、同じ規格である由である。それらの高さの最大と最小の差は90mmと微妙な違いであるが、様々な技術的な進歩の過程で残った差が90mmと推測する。 一般的にはたかが90mmであるが、移動障壁の解消の観点からは致命的な90mmとなり、また絶望的な 90mmと感じさせる事態もあるかもしれない(図1参照)。
(3) Pフォームと車輌との隙間
JR北海道は車輌とPフォームとが接触しないように、Pフォーム及び車輌の幅に次のような基準を設けている由である(図2参照)。
 ー 軌道中心からPフォーム前面まで1,485mm
 ー 車輌の幅は軌道中心より1,400mm以内
 ー Pフォームと車輌外壁との間の隙間(理論値)
   1,485mm - 1,400mm = 85mm
Pフォームと車輌外壁との間に一般に85mm以上の隙間を設ける規定である。ただし、曲線区間がPフォームにまで及ぶ場合に、曲線半径に応じて更に余裕を持って管理する由である。 なお、車体の中心からステップ前面までの寸法は車輌タイプにより異なる由で、主な車輌の寸法を表3に整理した。


4.2 Pフォームと客車フロアとの段差
JR北海道の主要な車輌のPフォームから客車フロアまでの段差は、都市駅で230~320mm、地方駅が390~480mmである(表3)。
車イスの前輪を自力で段差の上に載せられる限界は人により異なるが、150~200 mmである(図1参照)。車輌の種別と地域の別なく、 いずれもがその限界を大きく超えており、特にJR北海道の客車への乗降は助けが必須である。 また、北海道福祉のまちづくり条例は、階段の蹴上げ高を160mm以下としており、各車輌とも都市駅で1段、地方駅であれば2段程度のステップが必要な段差である。 首都圏は北海道の都市駅より段差が180mm小さく、おおむね直接昇降できる範囲である。 このPフォームの高さの違いが、JR西日本は客車フロアに1段で乗降するのに対し、JR北海道の多くがステップを介して2段を採用する理由と考えられる。

4.3 Pフォームとステップとの隙間と離れ Pフォームから客車に乗降するステップまでの隙間は118.5~175mmである由である(表3)。 この値はPフォームが直線部にある場合の理論値であり、曲線部にかかる場合には多少の増減が生ずる。 車イスの前輪の直径は75~150mm程で、不用意に近づけば容易に落ちる隙間である。
ステップの奥行きは異なるタイプの車輌で実測したところ300mm前後であった。これに隙間を加えると約420~430mmとなる。 一方、車イスの前輪と後輪との車軸間隔は400mm程であり、前輪をステップの上段に掛けようとすると、後輪がちょうど隙間と段差付近に来る位置関係である。 そこで、JR北海道で安全、安心に乗降するには、駅職員の支援と渡し板の利用とが必須である。


4.4 Pフォームと車輌とのギャップ緩和
(1) バリアフリー新法の規定
同法第8条第1項の規定に基づき、移動等円滑化のために必要な基準が2006年12月、国土交通省令111号で定められた。本文と関連する項目は次の通りである。
(2) 整備ガイドラインの規定
公共交通機関の旅客施設に関する移動円滑化整備ガイドライン、で次のように規定している。
(3) Pフォームの嵩上げによるギャップの縮小
JR北海道からデータを頂いた車輌のタイプは5種で、それらのフロア高は1,150~1,240mmであった。この範囲から外れる車輌が、現在どれだけ定期運行し、また臨時運行するのか未確認である。 ただ、大部分がこの範囲にあり、将来もそうであるとしたら、Pフォームの高さを軌道高+1,100mmに改造するなら、段差は50~140mmと大幅に縮小できる。 それなら、車輌側にステップが要らず、介助に伴う乗降の負荷も大幅に軽減できる。
ここで示した段差の理論値が構造的に揺らぐ場所として、軌道の曲線部が駅構内にまで及ぶ箇所があげられる。 曲線区間ではレール間に左右で段差が設けられ、乗車部の段差は曲線の内側で理論値より低く、外側で高くなる。 しかし、Pフォームと客車とのフロアの50mmの余裕が適切であるか、技術の限界を合わせて検証が要る。 更に、軌道間の段差は線形の変更無しに変えないので、それにPフォームの高さをそれに合わせて設計したとしても、縦断及び横断勾配は利用者が気付く程にならないであろう。
Pフォームと車輌ステップとの隙間についても軌道線形の影響を受ける。この対応策としては、福岡市地下鉄の七隈線が駅を列車の長さ以上に直線区間の取れる場所に設置した例が参考になる。
(4) 車輌のフロア高さの規格化
Pフォームの嵩上げによるギャップの縮小は、車輌毎の規格に差が残る限り限界がある。段差50mmなら外出の自立する車イス使用者なら自力で乗降でき、電動車イス使用者も大概大丈夫である。 また、他人が手伝うにしても、その負荷は小さくかつ渡し板などなしに乗降できる。 そこで、軌道から客車フロアまでの高さの決定要因は何かを探り、将来的に達成可能な最小高さに統一規格を設けることが望まれる。 例えば、客車のフロア高さを1,150mmに統一するなら、利用者の自立性を高めるだけでなく、運営者の車イス使用者への対応の機会と方法のバラエティを減らす効果も期待できる。

5 まとめ
ここで紹介した状況は著者がたまたま利用した交通機関で経験したことである。どれ一つをとっても事実の一端であるとしても、代表的な状況あるかは定かでない。 従って、個別の一事をもって、評価を下すことは早計である。ただ、断片的な事実を比較する中で確認できた事柄だけでも、次の重要な問題が現れたように考える。
(1) 鉄道の特殊性
同じ乗り物でも例えば自動車と鉄道との間に重要な違いがある。前者は走行場所の環境を選ばず、車輌が多様な路面状況に対応する足回りを用意する。 後者は車輌と乗客に合わせて走行環境が設計され、維持管理される。そこで、鉄道の足回りは自動車程の柔軟性を要求せず、軌道から客車フロアまでの高さは荷重等による影響を少ない。
(2) 駅施設におけるPフォームの特殊性
移動制約者による外出は長い鎖に例えられ、一つの輪の破損が全体の機能不全をもたらす。そこで、旅客施設の各要素はすべて重要であるが、Pフォームは他と異なる重要性を合わせ持つ。 即ち、エレベータ他の設備の取合いはそれを設置する駅の環境内で完結する一方、Pフォームは他の駅等とのインターフェイス機能がある。 前者ならその場、その時代で個々にアジャストできるが、後者は変更に対する影響がシステム全体に及ぶことが特徴である。 そこで、インターフェイスの接続関係や空間的、時間的な問題意識の下に、中長期的な対応策の構築が必要であるという特殊性を持つ構成要素である。
(3) Pフォームと車輌との相互の歩み寄り
Pフォームと車輌とのギャップは、車輌構造の変更にPフォームが高さを合わせる、もしくは乗客が環境に合わせる使い方をしてきた。 我が国の長距離鉄道は一般鉄道、新幹線、リニア鉄道と、軌道を別にする展開で進められている。 そこで、一般鉄道は現状をベースにPフォームと鉄道車輌との基本関係を定め、それを目標に施設と車輌との改修を進めることが肝要である。 そうすれば、車輌タイプ間の違いや、駅やホーム毎の違いを縮小し、多様な能力の人々が自立的に活動できる領域が拡大できる。
(4) 検討のタイミングの問題
現在は上の基本的な諸元について検討が急がれるタイミングにある。なぜなら、バリアフリー新法の施行により環境整備に対して追加投資が盛んに実施されているからである。 ここで現状追認的で中途半端な整備を行うことは、環境整備効果を削ぎかねないからである。

6 おわりに
本文は移動制約者の障壁の軽減と自立で活動できる領域の拡大の立場で述べた。UD的にはそれが障害者のためにする対応策に留まることを嫌う。 客車フロアとPフォームとの間に150mmもの段差があると、一般乗客の乗降動作は段の上り下りになる。一方、それが50mm程度なら、乗降動作は歩行の延長になる。 一般客にとって利用環境が改善されるだけでなく、停車時間を秒単位で運行管理する運行管理者にとってもその意義がありそうである。

謝辞
本技術資料をまとめるに当たり、JR北海道株式会社CS推進部様より資料提供を受けた。 また、室蘭市東海建設(株)の中田孔幸様より助言を頂いた。筆者の直感を客観情報に置き換える上で、重要な裏付けとなったことを記し、謝意を表する。

ユニバーサル・デザインの磁北 研究報告No.01、2009.03 掲載