アクセシブルな展望安全柵の設計事例
1 はじめに
豊平峡ダムは支笏洞爺国立公園の北端に位置し、毎年20万人が訪れる観光スポットである。当該ダムは完成から30年近くを経過し、 安全柵を改修することとなった。 既設の安全柵は重厚な構造である一方、視点の低い人々の眺望に目隠しとなっていた。そこで 新たな堤頂安全柵の設計に、ユニバーサル・デザイン1)(以下UDと記す)の考え方を取り入れ、 だれもが自然体で景観を楽しめるよう構造上の配慮を行った。
近年、UDに対する注目度は高まりつつあり、マスメディアを通じてUD設計と称する施設の紹介を目にする。しかし、それらのかなりは 物理的障壁緩和への配慮は認められるものの、 「すべての構成員が統合的に暮らせる社会の実現」というUDの目標及び7原則への意識は希薄に見える。そこで、UDに基づく設計事例の紹介において、 造ろうとする環境とUDの各原則との関わりを明示すると共に、それらと設計のディテールとの関連を明確化する試みが望まれる。 本報告は堤頂安全柵を設計した際に目標としたサービスの内容を詳らかにすると共に、設計において想定した利用方法と観光客の採った実際の利用方法とを比較した結果を報告する。
豊平峡ダムは支笏洞爺国立公園の北端に位置し、毎年20万人が訪れる観光スポットである。当該ダムは完成から30年近くを経過し、 安全柵を改修することとなった。 既設の安全柵は重厚な構造である一方、視点の低い人々の眺望に目隠しとなっていた。そこで 新たな堤頂安全柵の設計に、ユニバーサル・デザイン1)(以下UDと記す)の考え方を取り入れ、 だれもが自然体で景観を楽しめるよう構造上の配慮を行った。
近年、UDに対する注目度は高まりつつあり、マスメディアを通じてUD設計と称する施設の紹介を目にする。しかし、それらのかなりは 物理的障壁緩和への配慮は認められるものの、 「すべての構成員が統合的に暮らせる社会の実現」というUDの目標及び7原則への意識は希薄に見える。そこで、UDに基づく設計事例の紹介において、 造ろうとする環境とUDの各原則との関わりを明示すると共に、それらと設計のディテールとの関連を明確化する試みが望まれる。 本報告は堤頂安全柵を設計した際に目標としたサービスの内容を詳らかにすると共に、設計において想定した利用方法と観光客の採った実際の利用方法とを比較した結果を報告する。
2.1 堤頂からの眺望
豊平峡は景勝地として多くの人々に親しまれてきたが、ダムサイトにおける観光ポイントの一つである堤頂からの眺望が安全柵により阻害されていた。 即ち、安全柵の高さは120cm程と高い上に、安全性を重視した構造のため、構成部材が大きくその隙間は狭かった。そこで、車いす使用者や子供など 視点の低い人々は、 景観を楽しむのに必要な視界が遮られた。そこで安全柵の改修に当たり、可能な限り多くの人々が安全かつ容易に眺望できる環境に整えることを目標とした。 本節では既設の安全柵の展望上の課題について述べる。
堤頂からの眺望対象は下流と上流とで異なる。下流の見所はダム堤体の中央部に設けられた放流管からの観光放流である。 観光放流はほぼ直立するアーチダム壁面の中段からスプレー状に放流し、コーン状に落下する水の造形を楽しむものである。 観光放流の視点場はダム堤頂以外にもあり、右岸アバットの上にあるレストハウスからアーチダムの全景と観光放流を一望できる(写真-1)。 しかし、堤頂からの展望の魅力は観光放流を至近、かつ直上から見られること、及び放流水の脈動や水音が醸しだす臨場感と躍動感のある景観を楽しめることにある。 そこで、堤頂から下流を望む来訪者の 視線は極端に下方に向けられる。他方、上流の見所は湖と山のある風景である(写真-2)。 近景の貯水池、中景の懸崖と遠景の山並みを一体として眺める人が多く、視線は概ね水平的に動き、下流と対照をなす。 安全柵の視界遮蔽効果は上下流を展望する人々の視線の向きがそれぞれ下向きと ほぼ水平と極端に異なることから、各々別途に検討した。
豊平峡は景勝地として多くの人々に親しまれてきたが、ダムサイトにおける観光ポイントの一つである堤頂からの眺望が安全柵により阻害されていた。 即ち、安全柵の高さは120cm程と高い上に、安全性を重視した構造のため、構成部材が大きくその隙間は狭かった。そこで、車いす使用者や子供など 視点の低い人々は、 景観を楽しむのに必要な視界が遮られた。そこで安全柵の改修に当たり、可能な限り多くの人々が安全かつ容易に眺望できる環境に整えることを目標とした。 本節では既設の安全柵の展望上の課題について述べる。
堤頂からの眺望対象は下流と上流とで異なる。下流の見所はダム堤体の中央部に設けられた放流管からの観光放流である。 観光放流はほぼ直立するアーチダム壁面の中段からスプレー状に放流し、コーン状に落下する水の造形を楽しむものである。 観光放流の視点場はダム堤頂以外にもあり、右岸アバットの上にあるレストハウスからアーチダムの全景と観光放流を一望できる(写真-1)。 しかし、堤頂からの展望の魅力は観光放流を至近、かつ直上から見られること、及び放流水の脈動や水音が醸しだす臨場感と躍動感のある景観を楽しめることにある。 そこで、堤頂から下流を望む来訪者の 視線は極端に下方に向けられる。他方、上流の見所は湖と山のある風景である(写真-2)。 近景の貯水池、中景の懸崖と遠景の山並みを一体として眺める人が多く、視線は概ね水平的に動き、下流と対照をなす。 安全柵の視界遮蔽効果は上下流を展望する人々の視線の向きがそれぞれ下向きと ほぼ水平と極端に異なることから、各々別途に検討した。
2.2 下流の視界遮蔽状況
堤頂から観光放流を見るとき、視点の低い人々は誰かの助け無しではこれを楽しめなかった。即ち、図-1、2の断面図と正面図から分かるように、 120cm以下の視点の人が放流を見るためには横材の狭い隙間から覗き込むか、誰かに抱えられて上部の横構越しに見下ろすしかない。 しかし、横材の隙間は狭い上に奥行きがあるため、下方への視界は限定され、観光放流の全容を見られなかった。 他方、横構の上部から見下ろす場合には、非介助者の足が地面から離れるなど不安定な姿勢を強いられる上、上部の横構が大きな部材でつかめないことで恐怖心を増幅させていた。
観光放流の全体を見るためには俯角を大きく確保する必要がある。上部の横構の奥行きが30cmあるので、横構越しに谷底を見下ろす際に不安定な姿勢を強いられる人々は、 視点が120cm以下の人々ばかりでなく120+30=150cm程度の人までが含まれる。そこで、観光放流を見下ろす際に恐怖感を覚える人々には、 子供や車いす使用者など限られた人々だけでなく、身長のあまり高くない成人男女など多くの人々が含まれることが推察される。
堤頂から観光放流を見るとき、視点の低い人々は誰かの助け無しではこれを楽しめなかった。即ち、図-1、2の断面図と正面図から分かるように、 120cm以下の視点の人が放流を見るためには横材の狭い隙間から覗き込むか、誰かに抱えられて上部の横構越しに見下ろすしかない。 しかし、横材の隙間は狭い上に奥行きがあるため、下方への視界は限定され、観光放流の全容を見られなかった。 他方、横構の上部から見下ろす場合には、非介助者の足が地面から離れるなど不安定な姿勢を強いられる上、上部の横構が大きな部材でつかめないことで恐怖心を増幅させていた。
観光放流の全体を見るためには俯角を大きく確保する必要がある。上部の横構の奥行きが30cmあるので、横構越しに谷底を見下ろす際に不安定な姿勢を強いられる人々は、 視点が120cm以下の人々ばかりでなく120+30=150cm程度の人までが含まれる。そこで、観光放流を見下ろす際に恐怖感を覚える人々には、 子供や車いす使用者など限られた人々だけでなく、身長のあまり高くない成人男女など多くの人々が含まれることが推察される。
2.3 網膜位置による情報受容特性
堤頂から遠望するとき、視点の高さによっては高さ120cmの安全柵が視界に夾雑物として割り込む。 そこで、網膜に投影される情報の場所による受容特性に関する知見を日本規格協会の「図説エルゴノミクス」から引用する2)。
『人間の網膜は中心窩から離れるに従って、視機能が低下する。広い視野から情報を受容しようとする際には、眼球だけでなく頭部を運動させて、その情報対象を中心窩上で高密度処理する。 このような網膜位置による情報処理能力の差と情報受容を補助する運動の発生状態などに基づいて、 広い視野での情報受容特性を整理すると図-3になる。
① 弁別視野:視力、色弁別などの視機能が優れ、高精度な情報受容可能な範囲(数度以内)
② 有効視野:眼球運動だけで情報注視し、瞬時に特定情報を雑音内より受容できる範囲(左右約15度、上約8度、下約12度以内)
③ 注視安定視野:頭部運動が眼球運動を助ける状態で発生し、無理なく注視が可能な範囲(左右30~45度、上20~30度、下25~40度以内)
④ 誘導視野:呈示された情報の存在が判定出来る程度の識別能力しかないが、人間の空間座標感覚に影響を与える範囲(水平30~100度、垂直20~85度)
⑤ 補助視野:情報受容は極度に低下し、強い刺激などに注視動作を誘発させる程度の補助的働きをする範囲(水平100~200度、垂直85~135度)』
堤頂から遠望するとき、視点の高さによっては高さ120cmの安全柵が視界に夾雑物として割り込む。 そこで、網膜に投影される情報の場所による受容特性に関する知見を日本規格協会の「図説エルゴノミクス」から引用する2)。
『人間の網膜は中心窩から離れるに従って、視機能が低下する。広い視野から情報を受容しようとする際には、眼球だけでなく頭部を運動させて、その情報対象を中心窩上で高密度処理する。 このような網膜位置による情報処理能力の差と情報受容を補助する運動の発生状態などに基づいて、 広い視野での情報受容特性を整理すると図-3になる。
① 弁別視野:視力、色弁別などの視機能が優れ、高精度な情報受容可能な範囲(数度以内)
② 有効視野:眼球運動だけで情報注視し、瞬時に特定情報を雑音内より受容できる範囲(左右約15度、上約8度、下約12度以内)
③ 注視安定視野:頭部運動が眼球運動を助ける状態で発生し、無理なく注視が可能な範囲(左右30~45度、上20~30度、下25~40度以内)
④ 誘導視野:呈示された情報の存在が判定出来る程度の識別能力しかないが、人間の空間座標感覚に影響を与える範囲(水平30~100度、垂直20~85度)
⑤ 補助視野:情報受容は極度に低下し、強い刺激などに注視動作を誘発させる程度の補助的働きをする範囲(水平100~200度、垂直85~135度)』

2.4 上流の視界遮蔽状況
堤頂から上流を望む際、来訪者は特定の対象を見るよりはむしろ、ダム湖から山並みまでが視野の中で好ましく構成するポイントと方角を選んで眺める。 敢えて景観の中で意識される要素を挙げるならば、水面と山並みとが境界を成す水際線とダム湖内の中島とがある。 しかし、それらを見る際の視線の傾きは水平から上下方向に大きくずれない。そこで、来訪者が安全柵越しに景観を眺めるとき、 視点の高さの違いにより安全柵が視野のどの範囲まで阻害するかについて検証する。ここでは前節に引用した視野の特性を参考に、⑤の部分は景観阻害に対して鈍麻であると考え、 ④誘導視野の範囲(図-3より下方限界は50度)に安全柵の入らない限界高さを試算した。つま先と目の水平距離を約10cmとすると、 人が安全柵際に立つときの横構の湖側前縁から目までの水平距離はおよそ30/2+20+10=45cmである。 そこで、④誘導視野に安全柵の前縁が侵入しない限界の視点の高さは次のようになる(図-4)。
120 + 45×tan50°= 174cm
来訪者が安全柵にもたれかかり目の位置を横構まで寄せる場合を想定すると、安全柵の湖側前縁から目までの水平距離が横構奥行きの30cmとなり、
120 + 30×tan50°= 156cm
となる。以上の試算より、自然体に近い姿勢で上流を望むとき、安全柵が誘導視野内に侵入しない人は身長が160cm程度以上となる。
他方、視点がこれより低い人は視点が低くなるにつれて、景観上夾雑物となる安全柵が誘導視野に占める割合を拡大する。 同時に、視野内におけるダム湖の面積が狭まり、視点の高さが130cm程になると水際線は安全柵の陰に隠れる。 ダム湖が視界から消え去るとき、堤頂特有の構成要素である貯水池が消えることとなり、ダムの特別の景観でなくなる。 また、視点の高さが安全柵高の120cmに近づくと、安全柵が弁別視野の中心部を占め、訪問者と安全柵との接近度合いによっては圧迫感ともなる。
堤頂から上流を望む際、来訪者は特定の対象を見るよりはむしろ、ダム湖から山並みまでが視野の中で好ましく構成するポイントと方角を選んで眺める。 敢えて景観の中で意識される要素を挙げるならば、水面と山並みとが境界を成す水際線とダム湖内の中島とがある。 しかし、それらを見る際の視線の傾きは水平から上下方向に大きくずれない。そこで、来訪者が安全柵越しに景観を眺めるとき、 視点の高さの違いにより安全柵が視野のどの範囲まで阻害するかについて検証する。ここでは前節に引用した視野の特性を参考に、⑤の部分は景観阻害に対して鈍麻であると考え、 ④誘導視野の範囲(図-3より下方限界は50度)に安全柵の入らない限界高さを試算した。つま先と目の水平距離を約10cmとすると、 人が安全柵際に立つときの横構の湖側前縁から目までの水平距離はおよそ30/2+20+10=45cmである。 そこで、④誘導視野に安全柵の前縁が侵入しない限界の視点の高さは次のようになる(図-4)。
120 + 45×tan50°= 174cm
来訪者が安全柵にもたれかかり目の位置を横構まで寄せる場合を想定すると、安全柵の湖側前縁から目までの水平距離が横構奥行きの30cmとなり、
120 + 30×tan50°= 156cm
となる。以上の試算より、自然体に近い姿勢で上流を望むとき、安全柵が誘導視野内に侵入しない人は身長が160cm程度以上となる。
他方、視点がこれより低い人は視点が低くなるにつれて、景観上夾雑物となる安全柵が誘導視野に占める割合を拡大する。 同時に、視野内におけるダム湖の面積が狭まり、視点の高さが130cm程になると水際線は安全柵の陰に隠れる。 ダム湖が視界から消え去るとき、堤頂特有の構成要素である貯水池が消えることとなり、ダムの特別の景観でなくなる。 また、視点の高さが安全柵高の120cmに近づくと、安全柵が弁別視野の中心部を占め、訪問者と安全柵との接近度合いによっては圧迫感ともなる。

3 堤頂安全柵設計の考え方
3.1 設計における目標
具体の施設設計においては安全性、経済性、施工性等考慮すべき項目は多岐に渡るが、ここではダム管理とダム周辺利用の二つの側面に焦点を当てた。 新たに整備する安全柵設計で考慮した主な事項を以下に述べる。
ダム管理の観点から次の3点を目標とした。
① 来訪者に安全と安心を提供する。
② 維持管理費用の低減を図る。
③ 既設安全柵との連続性を維持する。
観光目的の人々に対する分け隔てのないサービスの提供を目標として、前章で詳述した諸問題を解決するため、次の3点を目標とした。
① 誰もが観光放流を自然体で見られる構造にする。
② 誰もが眼下に広がる湖水から近間の懸崖、遠望の山並みを一望できる構造とする。
③ 散策者の視覚的違和感を緩和する。
以上の項目を可能な限り同時に満足できる安全柵を実現すべく、種々の検討を行った。
具体の施設設計においては安全性、経済性、施工性等考慮すべき項目は多岐に渡るが、ここではダム管理とダム周辺利用の二つの側面に焦点を当てた。 新たに整備する安全柵設計で考慮した主な事項を以下に述べる。
ダム管理の観点から次の3点を目標とした。
① 来訪者に安全と安心を提供する。
② 維持管理費用の低減を図る。
③ 既設安全柵との連続性を維持する。
観光目的の人々に対する分け隔てのないサービスの提供を目標として、前章で詳述した諸問題を解決するため、次の3点を目標とした。
① 誰もが観光放流を自然体で見られる構造にする。
② 誰もが眼下に広がる湖水から近間の懸崖、遠望の山並みを一望できる構造とする。
③ 散策者の視覚的違和感を緩和する。
以上の項目を可能な限り同時に満足できる安全柵を実現すべく、種々の検討を行った。
3.2 管理面から要求される機能と設計上の配慮
管理面に係る3項目は以下の検討過程を経て図-1、2の構造形式を採用した(○番号は前節の番号に対応する)。
① 安全の確保は既往の施設設計基準を満足するように材料と構造で対応する。そこで、安全柵の構造は道路の防護柵の設置基準3)に基づいた。 安全柵の高さは上記基準と既存施設との連続性維持の観点から120㎝とした。
安心のある環境に関しては設置場所が堤頂という特殊性に配慮して、身を乗り出して観光放流を覗き込む際、不安定な姿勢を強いられる人々の不安感を緩和できる構造形態を目指した。 採用した安全柵の特徴は、高さと太さが異なり平行する2本の円管を上部構に配置したことである。手前の円管は 堤頂上約110cmの高さ、基礎コンクリートの前面から数cm後退した位置とした。 安全柵越しに谷底を見る人々の腰部がつま先の鉛直線上より数cmしか前に出ないように抑制でき、利用者が自然に自立的な姿勢を維持するように目論んだ。 また、谷底を覗き込む前屈みの姿勢の安定感を増やすため、手前の円管は子供が握れる太さφ3.8cmとした。奥側の円管の設置高さを手前の管より高くしたのは、 腰を折って谷をのぞき込む際の姿勢制限を狙った。即ち、立ち位置から遠い奥側の円管を高くすることにより利用者が安全柵上部構から深く身を乗り出しにくくすると共に、 危険な谷側にバランスを 崩しにくい形状を狙った。そこで、奥側の円管は手を添える程度と考えφ7.63cmとした。
② 機械除雪の際、側方から安全柵に加わる圧力を低減する上で後述のスリット構造が有利と判断した。また、塗装費用を少なく押さえるため ステンレス・スティールを採用した。
③ 安全柵の改修は徐々に実施する計画であった。そこで、改修途上における既設部分と新設部分との接続部における連続性の保持が必要であった。 上部構の円管の設置高さに違いを持たせたのは、①の理由に加え既設との間で連続性を求めたからである。また、基礎コンクリート部は手を加えず、 円管を支持する支柱の設置間隔は既設と一致させることで、連続感と安心感を醸し出そうと考えた。 更に、下段の横桁の設置高さを新旧安全柵で一致させたのは視覚的連続性をねらったものである(図-2)。
管理面に係る3項目は以下の検討過程を経て図-1、2の構造形式を採用した(○番号は前節の番号に対応する)。
① 安全の確保は既往の施設設計基準を満足するように材料と構造で対応する。そこで、安全柵の構造は道路の防護柵の設置基準3)に基づいた。 安全柵の高さは上記基準と既存施設との連続性維持の観点から120㎝とした。
安心のある環境に関しては設置場所が堤頂という特殊性に配慮して、身を乗り出して観光放流を覗き込む際、不安定な姿勢を強いられる人々の不安感を緩和できる構造形態を目指した。 採用した安全柵の特徴は、高さと太さが異なり平行する2本の円管を上部構に配置したことである。手前の円管は 堤頂上約110cmの高さ、基礎コンクリートの前面から数cm後退した位置とした。 安全柵越しに谷底を見る人々の腰部がつま先の鉛直線上より数cmしか前に出ないように抑制でき、利用者が自然に自立的な姿勢を維持するように目論んだ。 また、谷底を覗き込む前屈みの姿勢の安定感を増やすため、手前の円管は子供が握れる太さφ3.8cmとした。奥側の円管の設置高さを手前の管より高くしたのは、 腰を折って谷をのぞき込む際の姿勢制限を狙った。即ち、立ち位置から遠い奥側の円管を高くすることにより利用者が安全柵上部構から深く身を乗り出しにくくすると共に、 危険な谷側にバランスを 崩しにくい形状を狙った。そこで、奥側の円管は手を添える程度と考えφ7.63cmとした。
② 機械除雪の際、側方から安全柵に加わる圧力を低減する上で後述のスリット構造が有利と判断した。また、塗装費用を少なく押さえるため ステンレス・スティールを採用した。
③ 安全柵の改修は徐々に実施する計画であった。そこで、改修途上における既設部分と新設部分との接続部における連続性の保持が必要であった。 上部構の円管の設置高さに違いを持たせたのは、①の理由に加え既設との間で連続性を求めたからである。また、基礎コンクリート部は手を加えず、 円管を支持する支柱の設置間隔は既設と一致させることで、連続感と安心感を醸し出そうと考えた。 更に、下段の横桁の設置高さを新旧安全柵で一致させたのは視覚的連続性をねらったものである(図-2)。
3.3 利用面から要求される機能と設計上の配慮
展望を目的として訪れる人々へのサービス目標を達成するため、以下の設計アプローチを採った。ただし、堤頂の幅は4.8m程しかないことから、 上流と下流とで異なる形状とすることは妥当性を欠くと考え、①と②を同時に満足する構造を求めることとした(○番号は前章の番号に対応する)。
① 視点の高い人々は安全柵越しに放流を見られるが、老人、子供、車いす使用者等視点の低い人々は自然体でこれを見ることに困難を伴う。 そこで、新たな堤頂安全柵の設計では構造部材間の隙間を大きくし、視点の高さに関わらず観光放流を見られる形状を模索した。 即ち、既設は大断面の部材を 横に使うことで目隠となり、広範囲に死角を作った。そこで、新たな安全柵の落下防止用部材は薄い板材を縦に使用する方法を採用した(図-2)。 薄い板材を使うことは展望方向の死角を減らし、また人の目は横に並んでいることから、縦スリットとすることで板材が背景に溶け込む効果を期待した。
② 来訪者が上流を望むとき、安全柵の横桁が誘導視野の中で夾雑物として作用するのは、視点が約156cm以下の人々である(図-4)。 視点がこれより高い人でも安全柵から離れると、安全柵が誘導視野内に侵入する。この課題も落下防止用部材が背景に溶け込む効果で改善が期待でき、 視点の高さや展望位置に関わりなく景観の遮蔽効果を軽減できる。そこで、①で提案した縦スリット材は、遮蔽面積が大幅に減ること、 また背景への溶け込み効果も狙えることから、本課題への対策として有効と判断した。
③ 安全柵の材料は維持管理に配慮してステンレス・スティールを採用することとした。表面は塗装せず、周辺の明暗や色相をぼんやりと写す つや消し仕上げとした。
展望を目的として訪れる人々へのサービス目標を達成するため、以下の設計アプローチを採った。ただし、堤頂の幅は4.8m程しかないことから、 上流と下流とで異なる形状とすることは妥当性を欠くと考え、①と②を同時に満足する構造を求めることとした(○番号は前章の番号に対応する)。
① 視点の高い人々は安全柵越しに放流を見られるが、老人、子供、車いす使用者等視点の低い人々は自然体でこれを見ることに困難を伴う。 そこで、新たな堤頂安全柵の設計では構造部材間の隙間を大きくし、視点の高さに関わらず観光放流を見られる形状を模索した。 即ち、既設は大断面の部材を 横に使うことで目隠となり、広範囲に死角を作った。そこで、新たな安全柵の落下防止用部材は薄い板材を縦に使用する方法を採用した(図-2)。 薄い板材を使うことは展望方向の死角を減らし、また人の目は横に並んでいることから、縦スリットとすることで板材が背景に溶け込む効果を期待した。
② 来訪者が上流を望むとき、安全柵の横桁が誘導視野の中で夾雑物として作用するのは、視点が約156cm以下の人々である(図-4)。 視点がこれより高い人でも安全柵から離れると、安全柵が誘導視野内に侵入する。この課題も落下防止用部材が背景に溶け込む効果で改善が期待でき、 視点の高さや展望位置に関わりなく景観の遮蔽効果を軽減できる。そこで、①で提案した縦スリット材は、遮蔽面積が大幅に減ること、 また背景への溶け込み効果も狙えることから、本課題への対策として有効と判断した。
③ 安全柵の材料は維持管理に配慮してステンレス・スティールを採用することとした。表面は塗装せず、周辺の明暗や色相をぼんやりと写す つや消し仕上げとした。
4 安全柵改修による新たな眺望環境
4.1 来訪者の利用状況調査
豊平峡ダムを訪れた人々がどこで、どの様な姿勢で堤頂からの景観を眺めるか現地調査した。調査は紅葉時期にあたる3連休 (10/6~10/8)の初日、 10月6日土曜日の午前10時から午後3時30分まで実施した。調査中に約1,000名の観光客がダムサイトを訪れ、観光放流、紅葉と人造湖の景観を楽しんだ。 調査にはビデオカメラ3台、デジタルカメラ2台、フィルムカメラ1台を用いた。定点調査としてダム堤頂の右岸、ダム中央付近とその中間地点で ビデオカメラにより連続撮影を行った。 また、テジタルカメラとフィルムカメラを用いて、特徴的な観光客の姿を撮影した。行楽中の自然な姿を捉えるため、撮影に際して距離をおくなどの注意を払った。
4.1 来訪者の利用状況調査
豊平峡ダムを訪れた人々がどこで、どの様な姿勢で堤頂からの景観を眺めるか現地調査した。調査は紅葉時期にあたる3連休 (10/6~10/8)の初日、 10月6日土曜日の午前10時から午後3時30分まで実施した。調査中に約1,000名の観光客がダムサイトを訪れ、観光放流、紅葉と人造湖の景観を楽しんだ。 調査にはビデオカメラ3台、デジタルカメラ2台、フィルムカメラ1台を用いた。定点調査としてダム堤頂の右岸、ダム中央付近とその中間地点で ビデオカメラにより連続撮影を行った。 また、テジタルカメラとフィルムカメラを用いて、特徴的な観光客の姿を撮影した。行楽中の自然な姿を捉えるため、撮影に際して距離をおくなどの注意を払った。
4.2 眺望写真の撮影方法
人間の目で認識できる範囲はカメラレンズの焦点距離に置き換えると15㎜~17㎜と言われ4)、これはおおむね補助視野までを含む範囲である。 しかし、補助視野は情報受容が極度に低下すると言われているので、堤頂からの眺望を検証するのに、誘導視野(水平100度まで、垂直85度まで)までに注目した。 そこで、堤頂からの見え方を紹介する写真は焦点距離20㎜のレンズ(水平84度、垂直62度)5)を使用して撮影した(写真-5、9、10)。 このレンズは撮影範囲と誘導視野における情報の知覚範囲とを比較すると、その約80%をカバーし、周縁部が少し欠ける程度まで表現する。
人間の目で認識できる範囲はカメラレンズの焦点距離に置き換えると15㎜~17㎜と言われ4)、これはおおむね補助視野までを含む範囲である。 しかし、補助視野は情報受容が極度に低下すると言われているので、堤頂からの眺望を検証するのに、誘導視野(水平100度まで、垂直85度まで)までに注目した。 そこで、堤頂からの見え方を紹介する写真は焦点距離20㎜のレンズ(水平84度、垂直62度)5)を使用して撮影した(写真-5、9、10)。 このレンズは撮影範囲と誘導視野における情報の知覚範囲とを比較すると、その約80%をカバーし、周縁部が少し欠ける程度まで表現する。
4.3 観光放流の俯瞰
堤頂から下流の谷部を見下ろす方法は三つに大別できる。第一は安全柵越しに見る方法で、従来から採られてきた方法である。 これは視点が150cm以上であれば、容易に俯瞰できる方法である。設計で想定したグループの人が新安全柵から観光放流を観る様子を撮影したのが写真-3である。 利用者は従前より安定した姿勢を採っている。これらの人々は放流を見る姿勢に選択の幅が広いので様々な姿勢をとるが、ほぼ想定の範囲であった。
堤頂から下流の谷部を見下ろす方法は三つに大別できる。第一は安全柵越しに見る方法で、従来から採られてきた方法である。 これは視点が150cm以上であれば、容易に俯瞰できる方法である。設計で想定したグループの人が新安全柵から観光放流を観る様子を撮影したのが写真-3である。 利用者は従前より安定した姿勢を採っている。これらの人々は放流を見る姿勢に選択の幅が広いので様々な姿勢をとるが、ほぼ想定の範囲であった。
第二は安全柵上部にある2本の円管の隙間から見下ろす方法で、新安全柵の導入により選択可能となった。視点の高さが120~150cm前後の人々の利用を想定した方法である。
このグループは自然体では観光放流の飛沫しか見られなかったが、新安全柵では視点を前後させることで放流水の全容を見られる。
設計で想定したグループの人が新安全柵で観光放流を見る様子を撮影したのが写真-4である。覗き込む視線は旧安全柵であれば大断面の横構で遮られた部分である。
これは設計時に想定した利用形態に一致し、このグループの人々はほぼ同じ姿勢をとった。
第三は安全柵下部の縦スリットの間から覗き込む方法であり、視点の高さが120cmより下の人々の利用を想定した。
このグループは他者に支えてもらわなければ観光放流を見られなかった人々である。新安全柵を採用した結果、縦スリットを通して観光放流の大部分を 独力で俯瞰できるようになった(写真-5)。
設計で想定した視点の低い子供がダム下流の観光放流を眺める姿を撮影したのが写真-6である。被験者の身長は110cm程度であるが、スリットの縦材を握りながら柵に顔を寄せ、
自然な立位で下方を見ている。これは設計段階で想定した利用方法に一致する。このグループの人々で予想外の利用行動を採った人もいた(写真-7)。
写真の子供らは手前の円管のため腰が引け、重心が 後方にかかる姿勢である。安全管理上は望ましくないが、直ちに危険というべき状態は回避できている。
4.4 上流風景の展望
堤頂から遠望する方法も三つに大別できる。第一は安全柵際に立ち遠くを望む方法で、従来から採られてきた方法である。 この方法は視点が156cm以上の人であれば、誘導視野内に夾雑物を交えることなく見られる。設計で想定したグループの人が新安全柵で遠望する様子を撮影したのが写真-8である。
第二は安全柵より少し離れた位置から、安全柵越しに見る方法で、視点の高さに関わらずすべての人々が採用可能な方法である。 従来、視点の低い人々は山並みの上部を見られるだけで、山並みと懸崖と定山湖が一体となる景観を独力で見られなかった(写真-9)。 しかし、新安全柵では目の並びの関係で縦スリットが背景にとけ込み、三者が一体の景観として感じられる環境になった(写真-10)。 墜落防止用部材にスリットを採用した効果は、設計過程における目論見通り発揮されている。
堤頂から遠望する方法も三つに大別できる。第一は安全柵際に立ち遠くを望む方法で、従来から採られてきた方法である。 この方法は視点が156cm以上の人であれば、誘導視野内に夾雑物を交えることなく見られる。設計で想定したグループの人が新安全柵で遠望する様子を撮影したのが写真-8である。
第二は安全柵より少し離れた位置から、安全柵越しに見る方法で、視点の高さに関わらずすべての人々が採用可能な方法である。 従来、視点の低い人々は山並みの上部を見られるだけで、山並みと懸崖と定山湖が一体となる景観を独力で見られなかった(写真-9)。 しかし、新安全柵では目の並びの関係で縦スリットが背景にとけ込み、三者が一体の景観として感じられる環境になった(写真-10)。 墜落防止用部材にスリットを採用した効果は、設計過程における目論見通り発揮されている。
第三は安全柵下部の縦スリットの間からの覗く方法である。これは新安全柵の導入により新たに選択可能となった方法であるが、
写真-6で見たように子供が自然体で安全柵の先にある光景を見られる環境が整えられた。視点の高さが120cm程度以下の人々が、
第三者の助け無しに独力で景観を楽しめる環境となったことで所期の目標を満たした。
4.5 視覚的圧力の解放
従来の安全柵は大断面部材を横方向に使用したので、利用者の視界の120cm以下をほぼ完全に遮っていた。また、豊平峡ダムはアーチダムであることから堤頂幅は4.8mと狭いため、 車いす使用者等視点の低い人々にとって安全柵が両側から迫る壁のように視覚的な圧力となった。しかし、改造区間では安全柵の先にある景色がスリット越しに見えることから、 開放的空間へと変化した。これは設計段階で想定しない環境改善効果であった。
従来の安全柵は大断面部材を横方向に使用したので、利用者の視界の120cm以下をほぼ完全に遮っていた。また、豊平峡ダムはアーチダムであることから堤頂幅は4.8mと狭いため、 車いす使用者等視点の低い人々にとって安全柵が両側から迫る壁のように視覚的な圧力となった。しかし、改造区間では安全柵の先にある景色がスリット越しに見えることから、 開放的空間へと変化した。これは設計段階で想定しない環境改善効果であった。
5 UDの切り口からの環境改善効果
UDの原則は製品や環境の設計において目指すべき目標を示すのみである。筆者らは寡聞にして、それらの原則を設計に展開した実例について、 具体的構造に落とし込む検討過程を詳述した報告を知らない。そこで、本報文では安全柵の設計過程において考慮した UD的アプローチと、 利用者が実際に採った利用法との関係について概説する。ただし、ここに示す解釈や取り組みは唯一の方法ではなく、異なるアプローチや異なる構造が他にも考えられる。
安全柵の構造決定に至る過程は3章に記したが、詳細設計は異なる観点からの要求を綜合する過程でもあった。その際、UDの各原則や定義等を適用して、 誰もが使いやすい環境の創出を目指したが、個々の原則等について照合したわけではない。そこで、現地調査結果を踏まえつつ、設計過程で配慮した UDの原則、 指針等と利用実態との関わりについて検証する。
UDの原則は製品や環境の設計において目指すべき目標を示すのみである。筆者らは寡聞にして、それらの原則を設計に展開した実例について、 具体的構造に落とし込む検討過程を詳述した報告を知らない。そこで、本報文では安全柵の設計過程において考慮した UD的アプローチと、 利用者が実際に採った利用法との関係について概説する。ただし、ここに示す解釈や取り組みは唯一の方法ではなく、異なるアプローチや異なる構造が他にも考えられる。
安全柵の構造決定に至る過程は3章に記したが、詳細設計は異なる観点からの要求を綜合する過程でもあった。その際、UDの各原則や定義等を適用して、 誰もが使いやすい環境の創出を目指したが、個々の原則等について照合したわけではない。そこで、現地調査結果を踏まえつつ、設計過程で配慮した UDの原則、 指針等と利用実態との関わりについて検証する。
5.1 来訪者と設計対象
UDに基づく施設設計ではサービスの対象とする利用者群を明確に意識することが必要である。 豊平峡ダムの観光利用特性の一つは、札幌市の中心部から自動車で約1時間の距離に位置することである。 また、近くに定山渓温泉街や野外教育施設「自然のむら」があり、中山峠や朝里峠へ通ずる観光ルートにも近い。 そこで、当該ダムは札幌市民の日帰りや1泊旅行などに格好の訪問場所であり、老若男女を問わず 多様な人々が訪れる。 ただし、当該地域は徒歩で訪れられる区域に市街地がなく、定山渓温泉街から公共交通は運行していない。 従って、豊平峡ダムを訪れる人々は大部分が自家用車か、観光バス等の営業車で訪れる。そこで、来訪者は単独よりむしろ、グループで観光する人々が ほとんどである。 来訪者の構成は家族、カップルや学校、地域のグループ等多様な組み合わせが見られる。これら多様な人々を対象とし、UD的環境の創出を目指した。
UDに基づく施設設計ではサービスの対象とする利用者群を明確に意識することが必要である。 豊平峡ダムの観光利用特性の一つは、札幌市の中心部から自動車で約1時間の距離に位置することである。 また、近くに定山渓温泉街や野外教育施設「自然のむら」があり、中山峠や朝里峠へ通ずる観光ルートにも近い。 そこで、当該ダムは札幌市民の日帰りや1泊旅行などに格好の訪問場所であり、老若男女を問わず 多様な人々が訪れる。 ただし、当該地域は徒歩で訪れられる区域に市街地がなく、定山渓温泉街から公共交通は運行していない。 従って、豊平峡ダムを訪れる人々は大部分が自家用車か、観光バス等の営業車で訪れる。そこで、来訪者は単独よりむしろ、グループで観光する人々が ほとんどである。 来訪者の構成は家族、カップルや学校、地域のグループ等多様な組み合わせが見られる。これら多様な人々を対象とし、UD的環境の創出を目指した。
5.2 UDからの切り口
堤頂安全柵の設計過程で検討した事項がUDのどの原則や指針に基づくか、及び利用者の実際の振る舞いとの関連について述べる。 ここに、UDの原則から引用した部分を異なるカッコで括った。定義は『 』、原則は「 」、指針は [ ]を用いた。
UDの定義は『製品や環境の設計においては、可能な限り最大限度まで、改造や特別の仕様によることなく、誰もが利用できるよう設計する』と謳っている。 豊平峡ダムサイトは景勝地なので、誰もが等しくその景観を楽しめる環境の創出を目標とした。 即ち、既設安全柵は視点の低い 人々にとって特別の方法に依らなければ展望できなかったので、改造でその解決を目指した。 なお、ダムサイト周辺はレストハウスが急坂路のためアクセス困難である以外、堤頂を含め大部分の場所がアクセス可能である。
第一原則「公平かつ公正な利用」が最も多くの問題意識を喚起し、いくつかの指針から施設設計上の留意事項を読みとった。 [誰もが同じ方法で利用]できる環境を創出するとの指針より、視点の高い人も、低い人も同じ方法で展望できる環境造りを設計の目標とした。 視線の経路は異なるものの、視点の高さの異なる人々が同じ場所で堤頂からの景観を楽しむ姿が確認できた(写真-3、4、6)。 [差別的扱いや否定的な印象を与えない]との指針は、利用者の心の問題にまで踏み込んだ要求である。ここでは、特定の人々だけを特別の場所に集めたり、 特殊な器具や方法に依ったりすることを避けるべきと 解釈した。写真-3、4、6から、視点の高さの違う人々が同じ方法で眺望できることを確認した。 また、利用者に自らを否定的に感じさせない環境造りとの観点では、大人が第三者に抱えられることは介助される側にとって精神的負担を伴い、自らを否定的とも感じさせる。 そこで、第三者の助けを 前提としない眺望環境はUDの観点から意義がある。[安心と安全を平等に確保する]との指針に関し、 視点の低い人々は第三者に抱えられるなどの不安定な姿勢から解放できた(写真-4、6)。更に、[共用性を追求する]との指針からは、視点の高さの異なる人々が、同じ場所、 同じ方法で同じサービスを受けられる環境の創出を目指した。写真-11では家族連れが堤頂を歩きながら観光放流を眺めているが、ほぼ同じ時間、空間を共有する状況が見られる。
堤頂安全柵の設計過程で検討した事項がUDのどの原則や指針に基づくか、及び利用者の実際の振る舞いとの関連について述べる。 ここに、UDの原則から引用した部分を異なるカッコで括った。定義は『 』、原則は「 」、指針は [ ]を用いた。
UDの定義は『製品や環境の設計においては、可能な限り最大限度まで、改造や特別の仕様によることなく、誰もが利用できるよう設計する』と謳っている。 豊平峡ダムサイトは景勝地なので、誰もが等しくその景観を楽しめる環境の創出を目標とした。 即ち、既設安全柵は視点の低い 人々にとって特別の方法に依らなければ展望できなかったので、改造でその解決を目指した。 なお、ダムサイト周辺はレストハウスが急坂路のためアクセス困難である以外、堤頂を含め大部分の場所がアクセス可能である。
第一原則「公平かつ公正な利用」が最も多くの問題意識を喚起し、いくつかの指針から施設設計上の留意事項を読みとった。 [誰もが同じ方法で利用]できる環境を創出するとの指針より、視点の高い人も、低い人も同じ方法で展望できる環境造りを設計の目標とした。 視線の経路は異なるものの、視点の高さの異なる人々が同じ場所で堤頂からの景観を楽しむ姿が確認できた(写真-3、4、6)。 [差別的扱いや否定的な印象を与えない]との指針は、利用者の心の問題にまで踏み込んだ要求である。ここでは、特定の人々だけを特別の場所に集めたり、 特殊な器具や方法に依ったりすることを避けるべきと 解釈した。写真-3、4、6から、視点の高さの違う人々が同じ方法で眺望できることを確認した。 また、利用者に自らを否定的に感じさせない環境造りとの観点では、大人が第三者に抱えられることは介助される側にとって精神的負担を伴い、自らを否定的とも感じさせる。 そこで、第三者の助けを 前提としない眺望環境はUDの観点から意義がある。[安心と安全を平等に確保する]との指針に関し、 視点の低い人々は第三者に抱えられるなどの不安定な姿勢から解放できた(写真-4、6)。更に、[共用性を追求する]との指針からは、視点の高さの異なる人々が、同じ場所、 同じ方法で同じサービスを受けられる環境の創出を目指した。写真-11では家族連れが堤頂を歩きながら観光放流を眺めているが、ほぼ同じ時間、空間を共有する状況が見られる。
第二原則「利用における柔軟性」のうち、「利用方法を選択できるように」との指針に関連して、写真-12は当初想定しなかった利用法である。
安全柵越しに俯瞰できる体格の成人女性が、不自然にしゃがんでスリット越しに観光放流を眺めている。高所に対する恐怖心のためこのような姿勢をとった可能性が推測されるが、
新たな環境は利用法の選択性拡大に一定の効果を上げた。
第三原則「単純で直感に訴える利用法」に関連して、何ら説明がないにもかかわらず、多くの人々が設計時の想定通りの方法で利用している。 これは直感に基づく利用法が設計者の想定と一致したことを示す。なお、第四原則「分かり易い情報伝達」に係る指針からは、特段の目標設定を行わなかった。
第五原則「過誤への細心の配慮」に関しては、観光放流を見下ろす際、たとえ利用者に過誤があっても直ちに危険な状態に陥りにくい環境とすることを目標とした。 [危険を最小限にできるように構成要素の配置を工夫する]ことを具現化する方策として、危険な谷側にバランスを崩しにくい形状を目指した。 安全柵の高さを120cmとし、上部構に段違いの管を組み合わせた配置によって、所期の効果を達成できた。
第六原則「肉体的負担の軽減」のうち[利用者が無理のない姿勢を保ちやすくする]指針に関しては、上下流の景観を展望する際、不自然な姿勢を 必要としない構造を目指した。 旧安全柵では視点の低い子供はひざまずかなければ眺望できなかった(写真-13)が、新安全柵では自然体で眺望でき(写真-6)、所期の目標を達成できた。 また、[肉体的な負担は最小限にとどめる]との観点は、同伴者が視点の低い人を抱える必要がなくなったことで満足できたものと考える。
第三原則「単純で直感に訴える利用法」に関連して、何ら説明がないにもかかわらず、多くの人々が設計時の想定通りの方法で利用している。 これは直感に基づく利用法が設計者の想定と一致したことを示す。なお、第四原則「分かり易い情報伝達」に係る指針からは、特段の目標設定を行わなかった。
第五原則「過誤への細心の配慮」に関しては、観光放流を見下ろす際、たとえ利用者に過誤があっても直ちに危険な状態に陥りにくい環境とすることを目標とした。 [危険を最小限にできるように構成要素の配置を工夫する]ことを具現化する方策として、危険な谷側にバランスを崩しにくい形状を目指した。 安全柵の高さを120cmとし、上部構に段違いの管を組み合わせた配置によって、所期の効果を達成できた。
第六原則「肉体的負担の軽減」のうち[利用者が無理のない姿勢を保ちやすくする]指針に関しては、上下流の景観を展望する際、不自然な姿勢を 必要としない構造を目指した。 旧安全柵では視点の低い子供はひざまずかなければ眺望できなかった(写真-13)が、新安全柵では自然体で眺望でき(写真-6)、所期の目標を達成できた。 また、[肉体的な負担は最小限にとどめる]との観点は、同伴者が視点の低い人を抱える必要がなくなったことで満足できたものと考える。
第七原則「接近と利用のための必要空間」に関連して、[手や握りの大きさに合わせられる]との環境的配慮として、
安全柵上部構の管径に手の大小に関わらず握りやすい寸法のφ3.8cmを採用した。現地調査結果より本調査期間中に訪れた老若男女の観光客の多くが管を握りつつ展望していた(写真-14)。
6 まとめ
安全柵の改修に当たって、UDの考え方を取り入れ、安全性、安心感と同時に眺望環境の改善を考慮する構造の検討を行った。現地調査の結果、概ね所期の機能を達成したことが確認できた。 また、UDの個々の原則との関係は第5節に述べたとおりであるが、次の諸点が重要なポイントであった。
① UD的な設計としたことが誰にも気付かれることなく、自然体で利用されている。
② 視点の高さの違いに関わらず、同じ場所、同じ方法で景観を眺望できる環境に変えられた。
③ 上の環境を造るに当たり、特別な扱いや特別な手法を採らなかった。
以上三点より、本事例におけるUDへの試みは満足すべき成果が得られた。
安全柵の改修に当たって、UDの考え方を取り入れ、安全性、安心感と同時に眺望環境の改善を考慮する構造の検討を行った。現地調査の結果、概ね所期の機能を達成したことが確認できた。 また、UDの個々の原則との関係は第5節に述べたとおりであるが、次の諸点が重要なポイントであった。
① UD的な設計としたことが誰にも気付かれることなく、自然体で利用されている。
② 視点の高さの違いに関わらず、同じ場所、同じ方法で景観を眺望できる環境に変えられた。
③ 上の環境を造るに当たり、特別な扱いや特別な手法を採らなかった。
以上三点より、本事例におけるUDへの試みは満足すべき成果が得られた。
7 おわりに
最近、スロープ、自動ドアと障害者用トイレの三点セットを用意すれば、その施設はUD対応であるかの如き思いこみがあるように感じる。 もちろん、UD的な発想を駆使しても、周辺の環境条件によってはその程度の設計となるケースもある。しかし、これら三点セットは必要条件たり得ても、十分条件を満たすことは少ない。 更に、障害者のために何か環境的な配慮を行うと、その事実をもってUDであるが如き思いこみも見られる。しかし、UD設計において障害を持つ人々が設計の限界条件を与える場合でも、 障害者のための設計ではないという原則を再確認したい。
ここに採り上げた事例は設計において限界条件を与える利用者群が複数存在する。この点で、UDが障害者のためにする設計法でないことを説明する好例と考えた。 即ち、これは視点の高さが連続的に分布する利用者群に対して、分け隔てのない利用環境を造ろうとする設計事例であった。 従って、設計条件を与える可能性のある利用者群として、幼児、児童、少年、車いす使用者、身長の低い成人、高所に恐怖感を感じる人等々、多様な属性を有する人たちを含む。 ある利用者群に配慮すればほとんどすべての利用者が使える環境となる場合と、 そうでない場合とがあること及び多様な利用者群について幅広い視点から設計条件を探ることの重要性を本例から読んでいただきたい。
また、UDは環境設計において目指すべき目標を示すだけで、何をどのようにしなければならないといったマニュアル的な指針ではない。 従って、UDの各原則等から何を読み、どのように反映させるかは、設計者の見識と技量に委ねられる。 本報文は筆者らがたまたまたどった思考の道筋を明らかにすると共に、原則をどのように設計に落とし込み、実際に利用者がどのように振る舞ったかを紹介したに過ぎない。 従って、ここに記した 以外に設計アプローチは無数に存在するし、本設計が優れた成功事例であると主張するものでもない。 ただ、筆者がUDの各原則と如何に向き合ったかについて詳述することで、後続の方々がUDに取り組む際の参考にしていただければ幸いである。
最近、スロープ、自動ドアと障害者用トイレの三点セットを用意すれば、その施設はUD対応であるかの如き思いこみがあるように感じる。 もちろん、UD的な発想を駆使しても、周辺の環境条件によってはその程度の設計となるケースもある。しかし、これら三点セットは必要条件たり得ても、十分条件を満たすことは少ない。 更に、障害者のために何か環境的な配慮を行うと、その事実をもってUDであるが如き思いこみも見られる。しかし、UD設計において障害を持つ人々が設計の限界条件を与える場合でも、 障害者のための設計ではないという原則を再確認したい。
ここに採り上げた事例は設計において限界条件を与える利用者群が複数存在する。この点で、UDが障害者のためにする設計法でないことを説明する好例と考えた。 即ち、これは視点の高さが連続的に分布する利用者群に対して、分け隔てのない利用環境を造ろうとする設計事例であった。 従って、設計条件を与える可能性のある利用者群として、幼児、児童、少年、車いす使用者、身長の低い成人、高所に恐怖感を感じる人等々、多様な属性を有する人たちを含む。 ある利用者群に配慮すればほとんどすべての利用者が使える環境となる場合と、 そうでない場合とがあること及び多様な利用者群について幅広い視点から設計条件を探ることの重要性を本例から読んでいただきたい。
また、UDは環境設計において目指すべき目標を示すだけで、何をどのようにしなければならないといったマニュアル的な指針ではない。 従って、UDの各原則等から何を読み、どのように反映させるかは、設計者の見識と技量に委ねられる。 本報文は筆者らがたまたまたどった思考の道筋を明らかにすると共に、原則をどのように設計に落とし込み、実際に利用者がどのように振る舞ったかを紹介したに過ぎない。 従って、ここに記した 以外に設計アプローチは無数に存在するし、本設計が優れた成功事例であると主張するものでもない。 ただ、筆者がUDの各原則と如何に向き合ったかについて詳述することで、後続の方々がUDに取り組む際の参考にしていただければ幸いである。
参考資料
1) Ron. Mace他:「The Principles of Universal Design」version 2.0,4/1/97,http://www. design.ncsu.edu/cud/univ_design/princ_overview.htm
2) 野呂影勇他:「図説エルゴノミクス」、日本規格協会、pp292、1990年
3) 社団法人日本道路協会:「防護柵の設置基準・同解説」、pp63-64、平成10年11月
4) 大山 正:「視覚心理学への招待-見えの世界へのアプローチ-」、サイエンス社、pp4、2000年
5) キャノン:「レンズ仕様一覧表」
6) 石田享平:「ユニバーサル・デザインの原則」、開発土木研究所月報、2001年4月号、pp12-17
1) Ron. Mace他:「The Principles of Universal Design」version 2.0,4/1/97,http://www. design.ncsu.edu/cud/univ_design/princ_overview.htm
2) 野呂影勇他:「図説エルゴノミクス」、日本規格協会、pp292、1990年
3) 社団法人日本道路協会:「防護柵の設置基準・同解説」、pp63-64、平成10年11月
4) 大山 正:「視覚心理学への招待-見えの世界へのアプローチ-」、サイエンス社、pp4、2000年
5) キャノン:「レンズ仕様一覧表」
6) 石田享平:「ユニバーサル・デザインの原則」、開発土木研究所月報、2001年4月号、pp12-17
北海道開発土木研究所月報 2002年5月号掲載
2005年5月一部加筆修正
2005年5月一部加筆修正