これもユニバーサル・デザイン
車いすに依存する生活になって以来、何度か道外に旅する機会がありました。その間に千歳空港を起点として東京、仙台、三沢、青森の各空港に行き、また戻ること延べ十数回に及びます。
いずれの空港でも必要なサービスを適切に受けることができましたが、その一方で地上職員による過剰かつ過敏なる扱いに辟易することもしばしばでした。
大多数の国民が車いす使用者に関わる経験の乏しい我が国にあって、このような対応は当面やむを得ないことでしょう。また、車いすで活動する環境は、
各空港とも施設整備の水準が高まりつつあります。そこで、各空港ビル内ではさしたる不便を感じることもなく、空港設備を利用できました。
さて、航空機による移動にさしたる不自由を感じないことを当然と思いかけた2000年4月30日、初めての事態に遭遇しました。
三沢から千歳へ戻る際、同行者が搭乗手続きに10分以上を要したのです。しばらくの後、空港職員が同行者と一緒に来て説明するには、
搭乗予定である三沢発JAS92便は千歳空港においてボーディング・ブリッジを使えないとのことです。
千歳到着時に日本エアーシステム社(以下JASと記す)の地上職員が抱きかかえてタラップからおろし、エプロンで待機する乗用車で空港ビルまで移動させるとのことでした。
車いす生活となって以来タラップを使用したことがなかったので、とまどいつつも選択の余地がないことと了承し、同便に搭乗することとしました。
千歳空港において三沢便にボーディング・ブリッジが割り当てられたのは多くのローカル便の中でも最後の最後でしたし、機材の都合によってはタラップの使用もあり得る事態でした。
しかし、ここ数年はボーディング・ブリッジでの搭乗・降機ばかりだったため、それが当然と思い込んでいたのです。
三沢から千歳までは40分程の飛行であり、離陸後30分も経ぬうちに客室乗務員がきて、他の乗客全員が降りた後に降機案内する旨告げられました。
大の大人が他人に抱えられて移動することに精神的な負担を感じますし、肉体的な接触を想像すると生理的な嫌悪感を覚えます。
しかし、サービスを受ける側としては如何ともし難い事態でした。理性的には 大いに感謝すべきことは判るのですが、感情的には不快感を禁じ得ません。
そんなことを思い巡らすうちに、飛行機は高度を落とし着陸しました。しかし、飛行機が空港ビルへと移動し、機体を付けた場所はボーディング・ブリッジのある搭乗口でした。
ほかの乗客は当然のようにブリッジを通ってターミナルビルへと吸い込まれていきます。筆者はきつねにでもつままれた感じでしたが、
第三者の手で運ばれる事態が避けられたことを半信半疑ながら嬉しく思いました。しかし、これは三沢空港で受けた説明とは異なっており、事前説明に錯誤があったか、
または搭乗口の変更が行われたのかのいずれかでしょう。そこで、機を離れるおり客室乗務員に確認したところ、飛行機を付ける搭乗口の変更をしたとの回答でした。
到着時刻は14時50分頃、三沢便の隣に空港ビルからはずれてタラップを付けた旅客機が1機、ブリッジの窓越しに見えました。
どの時点で、どちらの担当の判断により行われた変更かは知る由もありませんが、本当にありがたい配慮でした。JASの皆様にはこの場を借りて心よりの謝意を表明します。
三沢空港で地上職員からタラップの使用を告げられたのは、定刻の50分ほど前でしたから13時20分頃と思われます。
三沢空港の地上職員は筆者への対応の後、直ちに千歳空港の担当に歩行のできない乗客がJAS92便に搭乗することと、降機に際して介助が必要なことを申し送ったものと思われます。
連絡を受けた職員は到着ゲートの変更が望ましい旨の判断を行い、その決定権を持つ者にはかり、その意を受けて変更便のパイロットに指示を伝えたことでしょう。
ところで、三沢便と相前後して千歳空港に到着する便を調べたところ、山形空港からの便が定刻14時35分着で、機材は三沢便と同じ定員166名のMD90でした。
そこで、同便が搭乗口変更の相手方であった可能性が高いと想像します。この想像を是とするならば、段取り換えに与えられた時間は最大でも 1時間程であり、
この短時間で上述の情報連絡、判断、決定から、指示までが行われたのです。
JASは筆者に対して千歳空港におけるタラップの使用を伝えており、筆者は同意の上で搭乗しました。従って、同社は到着ゲートの変更をしなくても、何ら落ち度はありません。
更に 折り返し便の搭乗客への案内を含めると、本件にかかる変更は都合4便にも及び、この搭乗口変更が及ぼす影響範囲は小さくありません。
しかし、そのような煩雑さを受け入れることを前提としながらも、JAS職員には責任、義務のないサービスの方を選択したのです。
事前にかかる事態のあることを想定し、到着ゲートの交換という選択肢のあることが関係職員に周知され、徹底されていたものと思われます。
サービスを受ける側がこれを当然といっては厚かまし過ぎますが、数年前まで筆者が使用していた健常者の基準に照らしても、適切な判断と措置と考えます。
他方、約7年間の障害者としての経験に照らすとき、本件は当然のサービスとは思えないのもまた、もう一つの現実です。
当然のサービスを当たり前に行われました同社に対して改めて敬意を表します。
ところで、このJASのサービスは、サービス指向であるU.D.の特徴を色濃く表す実例と感じました。即ち、筆者はU.D.とバリア・フリー(以降はB.F.と記す)との差異の一つは、
サービス指向であるか施設指向であるかだと考えます1)。B.F.設計はアクセシビリティに障壁が認められたとき、その部分を修正すれば満足します。
他方、U.D.は「だれもが等しく利用できる」サービスの実現を目標に掲げ、施設環境の改善はその目標達成の手段にすぎません。
しかし、施設改良でユニバーサルな環境を追求するとしても、文字通りすべての人に等しいサービスを提供するに限界があります。
そこで、施設環境が諸般の事情により完璧にできないとしても、ソフト対応を含めて目標とするサービスの提供を目ざします。
「ユニバーサル・デザインの原則1」では附則を設けて、他の要件との価値の重要性を謳っています。
従って、U.D.において重要なことは、その施設を使う人々へのサービスの維持にあり、そのために使用可能な資源の投入や 運用にまで意を用いることです。
JASはすべての便にボーディング・ブリッジのある搭乗口を割り当てられない限られた資源状況の中で、自らが設定した水準のサービスを提供するためにソフト対応を選択しました。
U.D.においてはすべての便に割り当てられるボーディング・ブリッジを設けるよりはむしろ、結果として乗客へのサービスが適切に提供できることの方が重要です。
昨年は交通バリア・フリー法が制定されるなど、移動制約者が一般社会で活動するのに必要な環境の整備は追い風を受けています。
しかし、ハードウエアの整備だけで物理的障壁を取り除くことに 限界がある上、ハードウエアの整備のみで必要なサービスを達成しようとすると、ある段階から投資効率が極端に悪くなります。
従って、ハードウエアの整備とソフトウエアの提供との組み合わせで、目標とするサービスを提供することが重要になります。
かかる観点から、JASが筆者に提供したサービスには、U.D.のあり方として注目に値する内容を含んでいると考え紹介するものです。
参考資料
1) ユニバーサル・デザインのABC:石田享平、開発土木研究所月報2000年2~4月号
1) ユニバーサル・デザインのABC:石田享平、開発土木研究所月報2000年2~4月号
北海道開発土木研究所月報2001年5月掲載
2007年5月一部加筆修正
「これもユニバーサル・デザイン」 by石田享平 より転載
2007年5月一部加筆修正
「これもユニバーサル・デザイン」 by石田享平 より転載